第4話 – y の回避

「。。。以上。なおこのドキュメントは生涯公開せず、私の死後廃棄するものとする。」

ペンを置いて顔を上げる。夕日は海に沈もうとしていた。

「区切り、つきましたか?」

気づくとコーヒー片手にリンがそばに座っていた。

「あぁ、もう大丈夫だと思う。」

「じゃあ、お返ししますね。」 「うん。」

ひゅーん。。。切り替わる音が途切れると、カーマが部屋に入ってきた。

「お帰りなさいまし、シン。」

「おかえり、シン!」

「待ってたよ、シン。」

みんなが俺の帰還を喜んでくれた。

ミッションは無事終わり、俺は「平穏な生活」 を所望した。3柱は、横浜の島を居住区として整備し、俺たちだけで自立した生活が送れるように手配してくれた。俺たちはそこに移り住んだ。

クリスタルは結局、最後のひと手間を「ピアレンツ」 に委ねることにした。信念なんぞは俺が決めるべきことじゃない。おなじ環境にさらされた者たちが共有すべきものだ。そんな理由からだった。でも、それが俺の失敗だったと思っている。

空のクリスタルを引き金として配った俺たちは帰還後、動乱の末路をニュースで知った。世間が「チルドレン」 と呼ぶ AI孤児達は、「信念入り」クリスタルを埋め込まれた後、ピアレンツの元から PECS へ移住。その頃には新PECS の優勢は覆らないとの受け止めが広がっており、そんな中で記念式典が催された。

チルドレンは、その式典中で同時自爆。数千体もいた彼ら・彼女らは、会場の新PECS 首脳陣をふくめた中枢すべてを巻き込み、組織としての PECS は消滅した。

動乱の後。管轄地域を大幅に減らした IOF, SAU, NAU と、広がった不毛地帯が残った。人類は大戦前の 5% まで減少した。

俺は引き金をつくった自分を許せなくなった。自分の心がどす黒いものに覆われ尽くされる少し前に、俺は管理権限をリンに移譲した。「もし俺がダメになったら、3柱を頼れ」と言い残して、俺は床の住人になった。

3柱はリンからの報告を受け、いろいろサポートに回ってくれたみたいだ。だがリンは、メンタルサポートだけは頑なに断ったらしい。「これまでも私たちが居たんだ!シンの傍にいるのは私たちだけでいい!」 泣きながら3柱にそう叫んだんだ、とマネが後から教えてくれた。

しばらくして、リンは紙とペンを用意してくれた。聞こえているのかわからない俺に向かって、「シンの気持ちをここに書いて。ぜんぶ、ゼンブ、受け止めるから。」 と繰り返し語りかけていた、とカーマが後から教えてくれた。

AI との平等・共存は世界共通の理念として再認識され、「パブリック」に「信念(Belief)」として組み込まれることになったらしい。また「悪意」 を学習させないよう、管理者としての立場を資格制にしたそうだ。なお理念に反する言動をおこなった管理者は、管理権限をはく奪して「人間だけの都市」へ移住させることにしたらしい。

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